プラモデルが完成する瞬間。

 たまに部屋を片付けているといろいろなものが出てくる。上の写真はタミヤ 1/24 メルセデスベンツ 300SLだ。すごくかっこいい。エンジンがフロントにぎっしりと詰まっており、マルチチューブラースペースフレームのシャーシがあり、中央をドライブシャフトが通っている。実車がサーキットをとんでもない速度で走っているのを見て、矢も盾もたまらず完成させた。

 完成? そう。完成している。

 サーキットで見たボディはシルバーではなく、グレーだった。メッキされたバンパーもモールも取り外された、スパルタンな表情に痺れた。パドックまでその姿を追いかけると、ガルウイングをバコッと開けて颯爽と現れたのは老いてなお逞しいヨッヘン・マスだった。あの日見たボディの予感とこのクルマの美しくも特異な構造を、いつでもくっつけたり外したりして、手で確かめられるようにしたまま机の上の棚に飾ってある。

 ほぼ同じ時代を駆け抜けた伝説をそこに並べるなら、赤いフェラーリがいい。フジミの1/24 フェラーリ250GTOはボディが赤いプラスチックなのが嬉しい。300SLが走る前日、雨上がりのサーキットの芝生にバキッと映える跳ね馬の赤を目に焼き付けたときの気持ちがハコを開けたときに再生されるというのが色付きボディのいいところだ。

 組み立てには少々難儀したが、こちらもボディをパカパカ外してシャシーをSL300と並べて眺められるようにしてあるから、これで完成している。ボンネットや窓から覗き込むと、心許ないスカスカの構造の中にとんでもないパワーが秘められていて、空いた場所にむりやり人間が座る場所を収めることが伝わってくる。この感覚は、なんだかとても獰猛な動物、たとえばサーベルタイガーの化石を見るのに似ている。

 折に触れてパカパカとボディを付けたり外したりして、シャシーやステアリングの動きやエンジンの大きさや燃料タンクの収め方を眺める。最低限の「貼る」という作業しかしていないし、色だって300SLのボディーに好きな調子のグレーを吹き付けただけ。ドアも窓もライトもくっついていないが、だからこそ猛獣とじゃれあうような遊び方ができる。ふたつのシャーシを並べたり、ボディのカタチの違いをいろんな角度から眺めたり、タミヤとフジミの違うところをフムと嗅ぎ取ってみたり。何年たっても壊れないし、小さなパーツが折れたりしてガッカリすることもないのが、いい。

 どちらのプラモデルも、これ以上手を入れるつもりはないし、そのためのパーツもデカールも手元には残していない。この状態がおもしろく、この状態がかっこよく、この状態でふたつ並んでいることに意味があるから、これが完成形。もしその先を見たくなったら、同じプラモを買ってくる。そのときはまた違う「完成」が待っているのだろう。

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からぱた

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』http://wivern.exblog.jp の中の人。