ジーンズや革製品のように、プラモも長く育てたい。

 メンズファッションにはひとつのゴールというか、どういうわけかハマってしまうジャンルがあって、それは「育てたい」というもの。クタクタのジーンズや長年愛用した革靴の持つモノとしての魅力やオーラに魅了されて、漫画『へうげもの』の中盤の古田織部のように「ワシも使い込みたい」と思うようになってしまいます。

 使い込むなら、と高い買い物をしてみたりして、ゴワゴワのジーンズやツイードのジャケットなんかを部屋で着用しゴロン。「なんでも育てたい」となるとそのまま洗濯が趣味になったり、友達は革靴を土の中に埋めたりベランダにほったらかしにしたりと、とにかく変化を楽しむようになったりします。そんなエイジングウォッチャーの一員である私は、「プラモも育つのか?」というのが気になっています。

 まず思い出したのは、プラ製のシャツのボタンのエイジング。今にも砕けそうな亀裂が無数に入った美しい表情は面白いけど、プラモでこうなるのは少し困るかな。次に思い出したのは上野のヤマシロヤに昔飾ってあったカーモデルのゼッケンのデカールが黄ばんでいたこと。これは渋いですね。アンティーク感があります。私のエレールのタルボラゴもしっかり黄色くなって渋くなっています。デカールは、育つ。いや、これは、育っているのか??

 思うに経年変化や「アジ」と呼ばれるものは、基本的には自分が許せるかどうか。許せない変化は「汚れ」や「経年劣化」と呼ばれてしまいます。私はアジに関しては結構寛容なので、黄ばんだデカールや散り散りになったデカールを貼り合わせてる感じとかを美しいなと思いますが、そうでない人もいるのでなんとも言えないところ。

 プラモデルは私にとってはまだまだ未知の存在ですが、きっと完成品を気が向いたときにさらに塗ってみたりとか、塗装を落としてレストア的に綺麗に塗り直したりとかそういう、長いプラモデルライフがあると「プラモデルが育つ感覚」を得られるのかなと思います。ウェザリングマスターで戦車を汚すときのあの感覚はプラモが育ってる!という感じでしたので、やっぱりプラモデルは「育ちそう」ですね。

クリスチ
クリスチ

1987年生まれ。デザインやったり広報やったり、店長やったりして、今は普通のサラリーマン。革靴や時計など、細かく手の込んだモノが好き。部屋に模型がなんとなく飾ってある生活を日々楽しんでいます。
Re:11colorsというブログもやっています。