
1967年の発売当時、このキットがいかにエポックメイキングな存在であったのかを語るすべての逸話はこれまで出版されてきた数々の書籍の受け売りでしかないから、自分で読むことを強くオススメする。そして、もしあなたが今回初めてタミヤのRA273を知ったのなら、「うまく作る方法」を検索するのはやめたほうがいい。タミヤの偉業を体感したいのであれば、このキットをそのまま組むことこそがいちばんの近道であると私は確信している。
正直言って、私はタミヤの完成見本を除いてこのキットをストレートに組んだ”作例”をほとんど見たことがない。巷のモデラーが「とはいえ古いキットなので……」と言いながら徹底的に手を入れて作ったものはどれもあくまで”凄腕モデラーが見せる激闘の証”であって、”半世紀以上前に起きた大事件”とは遠くかけ離れたもの……つまり、かつてのタミヤの開発者やいまこれを読んでいるあなたの体験とは異なるものだ。

タミヤが初めて手掛けた1/12ビッグスケールシリーズの1作目は、「ホンダの3リッターF1マシン」という伝説的な看板を背負っている前に、「タミヤが“世界のタミヤ”になるきっかけとなった工業製品そのもの」である。3リッターエンジン時代の幕開けとなった1966年、モノコックフレームに縦置きのV型12気筒、モナコGPへと空輸されるところを捕まえて行われた羽田空港での取材劇……。そういうエピソードは何度も語られているし、ググれば検索結果の1ページ目だけでお腹いっぱいになるはずだ。すなわち箱に入っているのはただバラバラになったRA273ではなく、Hondaとタミヤの伝説であり、それがいまもほとんどそのままの姿で売られているということに大きな大きな価値がある。

ファジーなボディの合わせ目、大仰なリベット、頼りないノリシロと可動機構。サスペンションのアームやダンパーは、今日のCAD設計で作られたキットみたいにシャキッとした表情ではない。しかし「このサイズでこの形を出すにはここで分割するしかない」「このパーツ構成にすればエンジンと足回りの関係がいちばん伝わるだろう」という設計者の判断はそのまま伝わってくる。このキットは単に実車に似たミニチュアを作るところから一歩進んで「マシンの構造を理解するための模型」であろうとしたからこそ、ゲームチェンジャーとなったのだ。

その後のプラモデルが歩んだ凄まじい進化を知っていれば、このRA273のキットを見て「ここはおかしい」「あそこが足りない」と感じるのは当然のことだ。しかし、そのギャップにこそ1966年と現代のエンジニアリングの違いが潜んでいる。カラーテレビが夜明けを迎え、国産初のカセットテープがようよう生まれた年に、世界と戦う最新鋭のマシンをプラスチックでどう伝えるのかを必死に考えた痕跡が当時の技術で金型に刻まれているのである。いまでは保存車両の写真や逸話に誰もがアクセスできるようになったが、このキットを組むということはすなわち、当時の色とカタチと匂いを克明に記録した「史料」を原文で読むのと同じ意味がある。

もちろん、あなたのプラモデルはあなたのものだから、どういじろうがあなたの自由だ。レストモッド的なアプローチは見ていてエキサイティングだし、古いプラモデルが現代的な水準の緻密さでバリバリにアップデートされている光景には純粋な快感がある。ただ、このRA273に関して言えば(当時この製品を世に出すことを決意した俊作会長が逝去したことにも思いを馳せながら)このプロダクトのありさまをあるがままに味わい、タミヤというメーカーの歴史をいまいちど紐解くことで見えてくることがあるのではないかと思う。タミヤは今回の再販で実車取材写真のリーフレットを同梱しているが、これは「1967年当時の熱気、そして取材と設計のあらましをぜひ観察してほしい」というメッセージだと受け取めたい。

だから今回は、このキットの合わせ目も、ちょっといびつな断面も、設計の古さも、全部そのまま受け止めようと思う。もちろん、我々が手にしているツールやマテリアルが持つ50年以上のアドバンテージは存分に使った上で、だ。「1967年のタミヤが思い描いたRA273に対する理解」を想像し、当時のタミヤの興奮と悩みをトレースする……という、いままであまり語られてこなかった遊びかたが、このキットにはまだ残っているのだ。

1967年11月に初めて売り出されたプラモデルが、10年のブランクを打ち破ってふたたび店頭に並ぶ。その箱を前にして「古いキットだからイマ風に作らなきゃ!」と腕まくりをする前に、いったん深呼吸して説明書をじっくりと眺めてほしい。RA273はホンダの伝説のF1マシンであると同時に、タミヤが「実車のメカニズムをそのまま模型にする」という空前絶後のチャレンジに挑んだ歴史的なアイテムである。その両方をぎゅっと抱きしめて、いまの我々がその軌跡をそっくりそのままなぞってみること。ずっとクリシェのなかで消費され続けてきたこのキットと向き合う上で、それもまたひとつの真摯な方法であるはずだ。