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タミヤを育て上げたふたりのヒーローにありがとうを言いたくて/モデルグラフィックス2025年 11月号

 2歳半の息子は、朝起きると「タミヤのTシャツを着たい」と言うようになった。町中でもテレビでも雑誌でも、タミヤのロゴを見つけると指差して「タミヤ?」と声を上げる。彼はタミヤ製品の持つ精密さも、大人たちによって語られる神話もまだ知らない。親バカかもしれないが、彼はタミヤに対して何かしらの直感を持っているように見える。しかし、それこそがタミヤというブランドの真髄なのではないか……とも思わされる。

 学生時代、大学祭のライブイベントで配られるパンフレットを作る役割を与えられた私は「裏表紙にタミヤの広告が入っていたらデザイン的にカッコいいな」と、いかにも身勝手なことを考えた。若気の至りでタミヤに電話をし、「でしたら企画書をいただきたく……」と教えられ、あれやこれやと広告を出すメリットを訴える企画書を作って送った。

 企画書を送ると間もなく「協賛費を出すことはできないけれど、どうしても”タミヤの広告”を掲載したいという熱意は伝わりました」という趣旨の返事とともに、当時ピンピンの新製品だった1/24スケールのフェアレディZをメインにした広告の原稿データが届いた。黒いバックにシルバーのZ33、下に小さな写真で並ぶ4台の歴代フェアレディZ。細い明朝体の格調高いキャッチフレーズに、ツインスターのロゴ。そして「必ず色校正を提出してください」というメッセージが添えられていた。

 印刷業者から渡された色校正をタミヤに送ると、赤ペンで「タイヤのフチは黒い背景に溶け込まないように」「赤い車体がベタッとして見えないように」という指示を入れた校正紙が戻ってきた。いま考えれば広告出稿における当たり前の手続きだったのかもしれないが、私はそれまでなんとなくしか知覚できていなかった「プラモデルの外側にあるタミヤの品質」に直に触れたような気がして、密かに感動していた。そして学祭が近づくと、タミヤの最新アイテムが詰め込まれた巨大な段ボールが4つ、サークルの部室に届けられた。田宮俊作社長(当時)の計らいだった。

 名だたるプロのミュージシャンを招いて催されたライブイベントの裏で、楽屋には食事や飲み物といったケータリングと一緒に”協賛品”をどっさりと積んでおいた。出番を待つ出演者たちがこぞって真新しいタミヤのフェアレディZに食いつき、「爪切りと接着剤を買ってきて!」とはしゃぎ、あまつさえそこで作り始めたり、「持って帰ってちゃんと作るわ」と言いだしたりするのを見て、また私は密かに感動していた。

 どこまでもエゴイスティックな「パンフレットにタミヤの広告が入ってたらシマりがいいな」という未熟な学生の思いつきに対して、タミヤはデザインとプロダクトの両方でプロフェッショナルな手際をしっかりと見せ、世代や職業や性別を超えたコミュニケーションをそこに花開かせた。タミヤのカッコよさというのは、つまりそういうことなのだと思う。

 この夏、ふたりのヒーローが星になった。

 田宮俊作という人は「徹底した取材と考証」を標榜して誤魔化しのない精度を貫き、品質で勝つという一点に賭けた。“First in Quality Around the World”の言葉どおり、金型から箱絵、説明書、走行会、学校や博物館への寄贈まで、体験全体を品質化した。

 田宮督夫という人は、あのツインスターロゴ──赤と青の矩形、白い二つ星を作り上げた。遠目でも子どもが捉えられる、視認性の極致。ブランドロゴだけでなく、パッケージ、広告、出版物、イベントのトーン&マナーを束ね、「タミヤ・スタイル」を人類全体の記憶に固定したデザイナーだ。

 ふたつの星は、いまも変わらずカッコよく、そしてたぶんこれからもずっとカッコよくあり続けてくれる。どうしてカッコいいのかは、これから少しずつ息子も知っていくことになるだろう。見た目の美しさ、動く楽しさ、ものの堅牢さ、精密さ、正確さ。ただそれだけじゃなくて、手を動かすこと、調べること、旅すること、世界を知ること……。

 俊作氏、督夫氏の追悼特集をしているモデルグラフィックスの最新号を読んでいたら、「タミヤがこの世にあって良かったな……」という気持ちが改めて強く湧き上がってきて、逝去の報からずっとこらえていた涙が流れた。あなたがもし、ただ一度でもツインスターのロゴを目にしたことがあるのなら、ぜひとも読んでその思いを同じくしてほしい。

からぱたのプロフィール

からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。

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