このプラモの大トロはここです。脱ぎかけのハイヒールが足と一体になっているこのパーツ。足とハイヒールがそれぞれパーツになっているわけでもなく、ハイヒールをしっかり履いた状態の造形になっているのでもなく、「脱ぎかけの状態」こそを彫刻してプラスチックパーツに仕立てている。これが演技であり、意志であり、この景色が面白いでしょう?という提案なわけです。模型店の店員さんに「見てくださいよこのパーツ!」とオススメされて、一も二もなく買ってしまいました。
スーツの男は背筋を伸ばし、コニャックかなんかを飲んでいるのでしょう。右手に携えた傘はビビッドな赤。向かいに座る女性の持ち物を預かり、リラックスタイムのお手伝いをしているのではないかと思わせます。女性は椅子に浅く腰掛け、マドラーで飲み物をかき回しながら両脚をツーンと前に放り出しています。クロスさせた右足のハイヒールを脱ぎかけにして、歩き疲れた休憩の時間を存分に楽しんでいます。スイーツを運んできたウェイターは左腕にクロスをかけ、プレートに垂れたソースを指で拭うような仕草を見せているのが芸コマ。
パーツ分割はとっても単純明快で、上半身と下半身、顔に帽子に四肢がそれぞれバラバラになってランナーにくっついています。お互いの位置関係を明確に決めるための切り欠きやダボはなく、平らな面と面を注意深く張り合わせて組み上げる昔ながらのスタイル。しかしこれ、2023年の最新キットなんですよね。
ちょうどテーブルの高さに右肘が来るように調整したり、スカートの造形と自然につながるように二本の足を調整したり、神経を使います。たとえばタミヤの3Dスキャンを駆使したデジタル造形のプラモデルなら、パーツ同士は「狙った通りにしか組めない!」という精度に感心するわけですが、このプラモデルにはドラマを自分で完成させるためのネットリとした時間がパッケージされています。
テーブルに乗せるボトルやグラスはクリアーパーツになっていて、グレーのプラスチックとは異なる質感が涼やか。カランと音をたて、「冷たい飲み物を介して男女がおしゃべりを楽しんでいる」という状況の解像度を上げてくれる素敵な役割を果たしています。
どこもかしこも隙間なくかっちりと組める……というプラモデルではありません。手原型ならではのファジーさ、金型を作る過程でエッジがゆるくなっているのをナイフでどうにかしたり、イラストそのままとはいえない顔の造形(それはつまり原型師の頭の中にあるビジョンなのでしょう)を慈しんだりと、受け手のおおらかさや情念を求めてくるタイプのアイテムです。
どうしても見せたい景色を、朴訥なパーツ構成で実直にプラモデルにする。でもそこにはとてもハッキリとした意志が込められていて、「ただカフェに居る人」ではなく、緊張や弛緩をうまく取り入れた演技によってお互いの関係性や会話までもが刻み込まれているかのように思えます。時間や空間をうまく封じ込めるウクライナのスタッフに、惜しみない拍手を送りたくなりました。
模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。