自分がAFVモデルに興味を持ち、模型店に通い出したのが90年代後半。当時まだ小学生だった自分にとって、タミヤのミリタリーミニチュアシリーズは箱に書いてある言語も日本語だし、装備品や徽章類についての解説もわかりやすいしで、非常に親切な入口になってくれました。一方で、値段も高めでそもそも箱に日本語すら全然書いておらず、ぶっきらぼうでとっつきにくいんだけどなんだか気になる存在だったのが、ドラゴンのフィギュアです。地元の模型店でうっすら埃を被りつつ棚の中に収まっていた箱を見て、「なんでこのフィギュアには”ハセガワ”って書いてあるシールが貼ってあるんだ?」(当時ドラゴンのプラモの輸入代理店はハセガワでした)と疑問に思ったのを覚えています。なんせ小学生なんで、店のプラモデルは大体全部日本で作ってると思っていたんだなあ。
なんで小学生ながらドラゴンのフィギュアが気になったのかというと、大きな理由がそのボックスアートでした。白を基調にしたタミヤMMの箱と異なり、背景まで描き込まれた絵の中で、装備品や銃器類、服の皺の一本一本まで緻密に描かれた男たちがさまざまなポーズをとっている……。さらに、MMのラインナップの中心だった第二次世界大戦だけではなく、ベトナム戦争や現代の兵士たちまでフォローしていて、武器や装備が時代や国によって全く違うこともわかる。ドラゴンのフィギュアは値段が高かったので子供の小遣いではほぼ買えなかったんですが、強者っぽい精悍な男たちが描かれた箱は自分に強烈な印象を残しました。あのとっつきにくさからも「大人のホビー」的な匂いがして、いつかはおれもこういう箱絵みたいなフィギュアを作れるようになりたい……と思ったもんです。
で、これらの箱絵を担当していたのが、ミリタリーイラストレーターのロン・ボルスタッド。1949年生まれなのでもう70歳を超えているわけですが、彼が90年代初頭から2010年代までの20年近くの間描き続けたドラゴンのボックスアートをまとめた書籍が出版されました。その名も「ボルスタッド 世界の軍装」。歴代のドラゴン製フィギュアのカタログとしても軍装の資料としても読める、ハイパーいい本です。
ドラゴンのフィギュアの大きな特徴が、装備の付け方や軍服の着こなしの幅が広いこと。部隊や戦域や地域によって異なる、ちょっと珍しい装備や着こなしも立体化しているのが特徴です。例えばモンテカッシーノのドイツ軍降下猟兵のフィギュアにフィールドブルーのフリーガーブルゼを着た兵士を混ぜたり、スターリングラードで戦うドイツ第6軍の兵士がシーツか何かで作ったであろう間に合わせのカモフラージュを身につけていたりと、ちょっと変則的な装備や服装の兵士を積極的に立体化していました。
また、第二次大戦以降の戦争についても、旺盛にフィギュアセットを発売していたのも特徴です。朝鮮戦争やベトナム戦争、また湾岸戦争から90年代にかけての各国軍の兵士、わけても特殊部隊や治安維持部隊など、ガレージキットメーカーが目をつけるような題材もプラモデルにしています。こういった変則的な着こなしや幅広い年代の兵士を、ボルスタッドは正確で硬質なイラストにしています。なんせネタがマイナーだったり特殊だったりするフィギュアも多いため、その昔は資料を集めるのも一苦労だったわけですが、正直ボルスタッドの箱絵があれば、そのままフィギュアを組み立てても問題なし。箱絵が一番ちゃんとした資料になるのは、正確かつシャープなボルスタッドの絵があればこそです。
そんなボルスタッドのボックスアートが一冊の書籍にまとまったわけですが、改めてまとめて見せられると、ドラゴンというメーカーのフィギュアラインナップは本当にまんべんないものだったことがわかります。本書によれば、ボルスタッドがボックスアートを担当した最初のキットは、アフガニスタンでのスペツナズを題材にしたものでした。そこから東西両陣営の(当時の)現用装備のフィギュアを発売しつつ、第二次世界大戦やベトナム戦争を題材にした製品を90年代を通してラインナップに加えていった……という、ドラゴンのフィギュアの特徴が見えてきます。
このラインナップの拡張順序からは、ドラゴンが「第二次世界大戦以降の兵士たちの姿を、年代や地域によらずまんべんなくフィギュアにしたい」という野望を持っていたのではないかという推測が成り立ちます。そして、そんな野望に付き合える力量を持ったイラストレーターは、ボルスタッドを除いていなかったのではないでしょうか。なんせ、東部戦線の雪原で戦うドイツ兵も、メコン川から上陸したシールズも、イラクの砂漠に伏せたスナイパーも、香港警察の特別任務中隊も、タッチに統一感を持たせつつ、フィギュアを作る際の資料になるような情報量で緻密に描かなくてはならないのです。常人にできることではありませんし、改めてボルスタッドのボックスアートをまとめて見ることで、このイラストレーターの尋常ではないパワーが際立って感じられます。
本書には商品名や発売時期などの基礎的なデータに加え、組み立てた状態のドラゴンのフィギュアや描かれている兵士や装備についての解説、さらに同じキットがバリエーション展開された例についても1キットづつ収録されています。残念ながら解説には誤字脱字が目立つところがありますが、少なくともドラゴンにおけるボルスタッドの画業をこれだけまとめて見られるだけで充分元は取れるはず。
とにかくいろんな国と年代の軍装についてざっくり知りたいという人にもオススメの内容ですが、90年代のAFVブーム当時やその昔のドラゴンのフィギュアを知っている人ならば、懐かしさに思わずグッときてしまうこと請け合いです。少なくともおれはこの本を読んだことで、通っていた地元のプラモ屋の匂いや、店番のお婆さん(おれの移動に合わせて棚の間を動き回り、万引きしないか常に見張っていた)の姿まで思い出しました。懐かしさとボルスタッドの異常さを味わえる、唯一無二な書籍と言えるでしょう。
ライター。岐阜県出身。元模型誌編集部勤務で現在フリー。月刊「ホビージャパン」にて「しげるのアメトイブームの話聞かせてよ!」、「ホビージャパンエクストラ」にて「しげるの代々木二丁目シネマ」連載中。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。