模型店のアメリカ戦車の名前が「知ってる人」になる1冊!/南北戦争 アメリカを二つに裂いた内戦。

▲僕たちが戦車の名前として読んでいる将軍たちは、この戦争を戦った偉人たちです

 アメリカの中戦車であるM3リーと、その砲塔を改修したM3グラント。その愛称である「リー」と「グラント」は、アメリカで1861年から1865年にかけて戦われた南北戦争の将軍の名前である……というのはそれなりに広く知られている話だと思います。
 しかし、アメリカ軍戦車のネーミングに南北戦争の将軍の名前が使われているのは、リーとグラントだけではありません。M4「シャーマン」も、M3「スチュアート」も、M36「ジャクソン」も、M551「シェリダン」も、全員南北戦争の将軍の名前です。大体はイギリス軍がアメリカ軍の戦車に勝手につけた愛称ですが、しかし戦車の名前になるほど南北戦争の将軍たちに存在感があったというのも、日本人からするとちょっとピンとこないところがあります。

 そんな南北戦争は一体どういう戦いだったのかというのをわかりやすく解説してくれるのが、小川寛大著『南北戦争 アメリカを二つに裂いた内戦』です。「南北戦争の、特に軍事面について初心者にもわかりやすく解説した戦争全体の通史」という、今までに全然存在していなかったタイプの貴重な書籍となっています。
 世界史の授業で習わされ、なんとなく「なんか黒人奴隷の扱いで揉めて、アメリカが南北に分かれて戦争になって、リンカーンが『人民の人民によるなんとかかんとか……』みたいな演説をやって終わったんだよね……」くらいの感じで記憶している人も多そうな南北戦争ですが、どっこいその原因は非常に根深い。
 北は北極圏に近く南はほぼ砂漠、気候条件が幅広すぎるアメリカ大陸において、なぜ北部には奴隷がおらず南部は奴隷を必要としたのかというところからこの本は解説してくれます。そこにはアメリカ独立前からの「どのような土地にどのような人々が入植したのか」という点が絡まっており、現代の目で見れば「非人道的だし、さっさと解放すればいいじゃん」となる奴隷解放についての判断が、当時のアメリカ国内では一筋縄でいかないものだったことがわかります。


 さらに南部の人々はなぜ戦争に踏み切ったのか、いわゆる「境界州」とはなんなのか、戦争はどのように始まりどのような経過を辿ったのかを、時系列に沿ってわかりやすく解説。恥ずかしながら自分は南北戦争には東部戦線と西部戦線が存在したことすらボンヤリとしか知らなかったんですが、それぞれがどういう意味のある戦いで、どう進行したのかを懇切丁寧に教えてくれます。
 一読して印象が大きく変わるのは、まず当時のアメリカ合衆国大統領であるエイブラハム・リンカーン。日本では奴隷を解放し民主主義と連邦制を守った善人、という聖人的イメージの強いリンカーンですが、本書を読むと実は寝技も腹芸も使うタフなネゴシエイターであり、極めて鋭い戦略眼を持った軍事指導者だったことがよくわかります。特に戦争早期に「アナコンダ計画」を策定し、実行させたあたりの頭のキレは鳥肌ものです(アナコンダ計画が何かを知りたい人は本書を読みましょう)。
 さらに、南北戦争は戦争が純近代的なものに変化する、ちょうど過渡期の戦いだったことも理解できます。射程が長く威力の強いライフル銃や、船体全体が金属装甲で覆われた装甲艦、装甲列車やガトリング砲などの新兵器、鉄道輸送や電信といった新技術がバンバン投入され、後の第一次世界大戦のような塹壕戦も行われていました。が、あくまで過渡期だったため、まだ兵器や物量の優劣だけではなく、兵士個人や将軍たちの気合や根性で戦局が変化したのも事実。特に、この本で紹介される将軍達のキャラクターの立ち方は凄まじいばかりです。


 北バージニア軍を率い、常勝不敗の活躍を見せながら最後には敗北を受け入れざるを得なかったロバート・E・リー。戦前は親族に生活費をせびる飲んだくれだったにも関わらず、実戦では冷徹な指揮手腕を見せ物量で勝るという北軍の強みを活かしきったユリシーズ・グラント。銃弾飛び交う戦場で「石の壁のごとく」直立不動で指揮をとり、宗教的情熱に満ちた兵士たちを率いたトーマス・”ストーンウォール”・ジャクソン。嫌戦家でありながら、いざ実戦となれば豊かなジョージア州を灰燼と化した壮絶な焦土作戦を展開したウィリアム・テカムセ・シャーマン。戦国武将並みにキャラの立った将軍達が、近代兵器をバリバリ活用しながら広大なアメリカを股にかけて戦う様子は、(語弊があるのは重々承知で書きますが)ミリタリー趣味的な面白さに満ちております。
 一読すれば、アメリカという国にとっていかに南北戦争が重大なイベントだったか、骨身に染みて理解できる一冊。南北戦争とその結果は現代まで大いに後を引いており、黒人差別をめぐる問題や大統領選にまで影響していることを考えると、現在のアメリカを理解するためにも本書は大いに助けになると思います。さらにミリオタ的な面白ポイントも満載となれば、読まないという選択肢はないはず……! 模型屋のアメリカ戦車の名前が「知ってる人」として意味を持って立ち上がってくる体験はマジで面白いので、複雑で興味深い南北戦争の入門書としてぜひ読んでみてくださいませ。

しげる
しげる

ライター。岐阜県出身。元模型誌編集部勤務で現在フリー。月刊「ホビージャパン」にて「しげるのアメトイブームの話聞かせてよ!」、「ホビージャパンエクストラ」にて「しげるの代々木二丁目シネマ」連載中。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。