一度離れたから気付いた魅力/タミヤ M3A2パーソナル・キャリヤー

 僕は長らく戦車模型を作れなくなっていました。ウェザリングを突き詰めるべく地質を調べたり、歴史的背景を見たりするほど、これらがかつて人の命を奪ってきた兵器であるという事実をひたすら突きつけられる。歴史を知ると何気ない路地を通る際に「ここはかつて暗渠だったな」と気付くように、なんでもない日常が楽しくなるので、歴史を学ぶことの意義を感じてきました。しかし戦争に関する歴史や資料は知れば知るほど、見れば見るほどに残酷さ、人間の愚かさに直面し打ちのめされ、灰色の気分になってしまうのでした。

 そのためにこれまで楽しかったはずの組み立ての手が止まり,未完のまま火が入ることなく途絶えた野晒しの車体が箱の中の暗闇に閉ざされていったのです。そうして僕は模型店の戦車コーナーに足を運ぶことも、新たなキットに手を伸ばすこともなくなっていきました。魅力的な新商品の情報を横目に「また手が止まったらどうしようか」と一歩進めない日々が過ぎていく。そんな中、ニッパーを握る機会も失われていっていたのですが、先日転機が訪れました。

 実際の第二次世界大戦時の軍事車両を直接目にする機会があったのです。もともとは自動車を目当てに舞洲で行われていた「レトロカー万博」に向かったのですが,意図せず僕は会場でこの「道具」と遭遇しました。

 遠目でオリーブドラブの車体を視認した時に、少しばかり恐れを抱きました。ですが人々が集まっているのを見て、つい好奇心が勝り、恐る恐る近くに寄っていきました。すると、ファインダーを覗いて二重像が合致しピントが合った時のように、「この道具はタミヤ1/35MMシリーズNo.70 M3A2パーソナル・キャリヤーと似ているな」と、現物と記憶が結びつきました。違うのはその場に兵士はおらず,緊張感で張り詰めていない点。代わりにいたのは初めて見るその「機械」を大人も子どものように興味津々で見つめる姿。とても平穏な昼下がりの休日。
 その中央で晴天の下,堂々と佇むMMシリーズNo.70。

 僕は純粋に「格好良い」と感じずにいられませんでした。
 カメラのファインダーを覗き、レンズを介して見ると肉眼以上に車体の質感がより鮮明に見え、同時に「これを再現したい!」という奥底に眠っていたミリタリープラモの製作意欲が蘇ってきました。
 僕はその意欲の灯が消えないうちに、すぐさまプラモデルを買い求めに足速に、そして心躍りながら売り場へ向かいました。ずっと目を背けていたミリタリーコーナー。今は何もかもが新鮮に見えてどれも魅力的です。

 ずらっとベテランから若造まで並ぶキットに目を一通り通したのちに、以前「いつか作ってみたいな」と憧れを抱いていたキットを手に取って、会計を済まし家路に向かいました。帰って箱を開けるのを心待ちにしながら。

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空韻

フィルムとデジタルを往還する日々を通して,写真表現を模索しています。生活の中でプラモデルを床の間に飾る生け花のような彩りや四季を感じる存在として据えるのが目標。