
最近、「完成したプラモデルの写真」だけがプラモライフのすべてじゃないんだなぁ、と思った出来事がありました。きっかけは、ハセガワのスターレットを作っていたときのことです。このキット、筆塗りがどうしても自分のイメージにハマらなくて、何度もやり直していました。塗っては違うなと思って、また塗って。そのたびに、自分の記録として途中の写真を撮っていたんです。

で、あとからそれを見返してみたら、ふと思ったんです。「なんか楽しそうにプラモやってるじゃん。いいね」って。写っているのは、完成には程遠い途中の姿。ムラもあるし、迷いもある。でもそこには、手を動かして、悩んで、ちゃんと楽しんでいる時間が写っていました。それは綺麗だったり、写真技術が素晴らしい“いい写真”だから気分が上がったわけじゃない。自分にとっての特別な瞬間、「プラモデルに没頭している時間」がそのまま切り取られていたからだと思います。

もちろん完成状態の写真は最高です。達成感や製作者のこだわりが写真を通して伝わってきます。でも、その模型がいちばん“生きている”のは、実はそこじゃないのかもしれません。その完成形が生まれるまでの過程、僕たちだけが見ることができる、机の上で繰り広げられる小さな劇場。そこにこそ、模型が生きて見える瞬間がある!

だから途中の写真って、めちゃくちゃ面白い。まだ完成していない不安定さも、試行錯誤の跡も、そのまま写っている。完成写真よりもずっと、その人の“プラモデルを作っている時間”が見える奇跡の瞬間なのです。あとで見返すと、「あ、この時こんなことで悩んでたな」とか、「ここでちょっと攻めたんだよな」とか、自分の手の動きまで思い出せるのもいい。完成品だけじゃなくて、その途中も含めて全部がプラモデルの楽しさ。だから僕は、これからも途中写真をたくさん撮っていこうと思う。僕とプラモデルが楽しんだ証として。
そしてこれを読んでいるあなたも、ぜひ。完成だけじゃもったいない。あなたが夢中になっているその瞬間はあなただけの大切な宝物です。