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缶スプレーとプジョーとオレの夏/MONTANA CANS #19 BLACK ARTIST EDITION

 夏だ、澄んだ青い水。でもこれはプールではない。なんと缶スプレーの塗膜を接写したものである。缶スプレーと言っても、プラモデル用に限らず世の中にはいろんな種類のものがある。私が手に入れたのは、スペインのMontana Cansが発売するグラフィティ用……日本では「落書き」と呼ばれる行為に使われるタイプのものだ。

 このマシンのマーキングをデザインしたのはJ.DEMSKY。日本のオタクカルチャーにも造詣があり、私も大好きなスペイン出身のグラフィティアーティストだ。イリーガルな”落書き”の世界からクライアントワークなどを経てアンダーグラウンドから表舞台へと踊り出し、晴れて世界的なレースに出場するマシンに彼特有の幾何学的な模様と色彩のパターンを纏わせるに至ったのである。

 先週末に東京ミッドタウンのアトリウムで展示されたハイパーカー、PEUGEOT 9X8は、今年のル・マン24時間耐久レースにおいて8位と12位で完走という少々奮わない結果に終わった。しかし、このカラフル極まりないデザインと特徴的な3本爪のごときヘッドライト/テールライト(プジョーのトレードマークである獅子をイメージしたもの)が鮮やかに光るたび胸がときめいた。

 その出自ゆえに顔を公表せずに活動するグラフィティーアーティストが公の場において活躍するということ自体、日本における「グラフィティ(などという言葉で表現されることすら忌まわしい”落書き”とされているもの)=絶対悪」という認識の下では少々理解しづらいかもしれない。しかし欧州において貴族的なスポーツや公共交通機関、立派な建造物、高級な腕時計や酒のボトルなどを合法的に彩るグラフィティアーティストは少なくない(もう一人、私が敬愛してやまないFelipe Pantoneもグラフィティをベースとして活動し、アルピーヌF1において2021年モナコGPのスペシャルマーキングを施している)。

 ル・マンにおけるプジョーの奮闘を見た私は、おそらくそのプラモデル発売されないであろうことからくる心のスキマを埋めるためにスプレー缶を買った。2020年にMontana Cansが発売したJ.DEMSKYデザインのウルトラマリン。Blackラインと呼ばれるこのタイプは猛烈な吐出量で液垂れなし&脅威の乾燥速度。「……ってことは、お前もどこかに落書きをしてきたのか?」と疑うなかれ。私はただインドアな趣味として模型机の上でカラーチップにスプレーを吹き付け、その色味や質感をニヤニヤしながら眺めているだけだから安心してほしい。

 壁や列車に巨大な文字やグラフィックを描いたときにも完全にマットに見えるということはつまり、表面がものすごく凹凸でなければいけない。「強烈なつや消し仕上げ」と聞いてはいたが、カラーチップの上に吹くと模型用のつや消し缶スプレーのような顕微鏡レベルのガサガサ具合を通り越して、肉眼ではっきり視認できるほどのでデコボコが現れてほとんどクラックに近いテクスチャとなる。J.DEMSKYが彼の作品で必ず使う鮮烈なブルーが、我が家にもやってきた(そしてブルーは古来フランスの色であり、当然ながらプジョーのハイパーカーを彩った色でもある)ということが、嬉しいのである。

 私が見に行ったのはPEUGEOTのハイパーカーであり、同時にDEMSKYの作品でもあった。プラモデルがないからこそ手を伸ばした縁遠い世界の缶スプレー。そこから吐き出された青が、目の前にある決してプラモデルにならないであろうマシンと私を接続してくれる。なんともムズムズするこの気持ちだが、案外このムズムズが次のプラモを作る原動力になるのだ。この色彩を、このテクスチャを受け止めてくれるプラモデルはどれだろうか。まだ見ぬプラモデルを探す動機は、思いもよらぬところからやってくるのである。

からぱたのプロフィール

からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。

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