時代が作るプラモの風景は。/フィギュアが繋ぐ虚構と現実

 RGという1/144サイズのガンプラには同スケールのフィギュアがついているんです。このフィギュアすごい精密に作られていて、塗り分ける気も起きないくらい小さいです。私は諦めてそのままにしています。ごめんなさい。

 プラモデルにおいて、人のフィギュアは情景を作り出したり、リアルさを増したりさせるという機能があります。それに加えて、人のフィギュアには一緒に並ぶモノのサイズ感をわかりやすくするという機能があります。ガンプラの横に人のフィギュアを置くことで実際にガンダムがそのスケールで存在した時の巨大さが伝わってくるっていうことなんですね。ただガンダムは巨大すぎるので足元に人のフィギュアを置いても、サイズ感がわかりにくいんですよねー。

▲写真はRGストライクガンダムです

 他に1/144のプラモデルはないかなと思って探したら、以前作ったsweetの零戦があったので一緒に並べてみました。小さいなーと思いながらも塗装したりして結構頑張って作ったやつです。零戦はガンダムと違ってそんなに巨大でもないですし、ガラス張りのコクピットがあります。なので、近くに置くとなんとなく人が乗り込む様子が想像できますね。その後ろにガンダムを置いてみると、人から零戦へ、そしてガンダムへと目線が移動するのでさっきよりはサイズ感が分かりやすくなります。

 人って自分も含めて身近にいっぱいいるので、人のフィギュアがあったらどんなものでもサイズ感がわかるようになるかと思ってたんですが、そうでもないんですね。あまりにもデカイものだと人間を置いてもサイズ感がわかるようにはならない。クッションとして間に何かを挟むことでようやくサイズ感がわかりやすくなる。海からゴジラがやってきて人が逃げ惑う姿が出てきても大きさが掴みづらいですが街中に出てくるとビルや家との対比で巨大な怪獣なんだということが伝わってくる。そんな感じですかね。

 こうやって同じスケールで並べてみると、ガンダムと零戦と人が生み出す光景というのは「アミューズメントパークに来たら零戦とガンダムが飾ってあった」というストーリーとしても見ることができませんか?

 もちろんガンダムは創作上の兵器、零戦も当時は実際の兵器ですから、汚しを加えたり、ジオラマを作って人のフィギュアと並べれば、戦場の情景を作り出すことができます。しかし、お台場に実寸大のガンダムが出現し、国立科学博物館に零戦が展示されるようになった今では、それ以外に展示物としてのガンダム、展示物としての零戦という見方が生まれました。実際にそれらを合わせた展示はないかもしれませんが、そういうものがあっても不思議ではないという時代の雰囲気が、戦争の情景とはまた違うリアルな光景を見せてくれるのです。

 時代が、プラモデルの新たな情景を作り出してくれました。これから色々なことが起こり時代が移り変わっていけば、私たちのモノの見方も変わっていくと思います。その度に今まで作ったプラモデルやこれから作るプラモデルに新たな情景が生まれる。それは別に頑張ってジオラマを作り込まなくても見えてくるものかもしれません。そう思うと、いろんな種類のプラモデルを作ってみたくなりませんか?

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@motomotopi

東京在住。世界を理解するための糸口としてプラモデルを制作中。趣味の記録や思索のためにnoteも書いています。